ナルタキ日記

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zoom RSS ツチノコレアー(メンヘラ向け)

<<   作成日時 : 2012/10/06 20:07   >>

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この夏は、薄い紙で指や手を切りまくられるという軽い脅迫神経症(?)みたいのに困ってたんだけど気付いたら消えてた、ラッキ〜。
絵、特に油絵の製作中は、幼少の頃からのイジメのトラウマや言われて凹んだ言葉などがディティールまで詳細に押し寄せてくることが多々ある。
制作のストレスと作業のルーティン具合が関係してるっぽいのは分かるのだが、解決策となると、生活を根こそぎ変えるとか同居人カモンとかしか思い浮かばないので、天秤にかけて無視できる内はそうする。
これに関しては闇だ虚無だの、そういうロマンはもう無いので、期間限定でなんちゃって唯物論者に変身。
これは電気信号だ反復脅迫だという風に言い聞かす…
こないだ、似たような悩みを抱えた御仁とお話したが、彼の場合はるかに大変そうだった。

ちょっと前、中高生のイジメを苦にした自殺で世間が沸いていた。
スペランカーを思わせるよう飛び降り事件などもあった。
ツイッターとか眺めてると今回の件は、元いじめらっれ子の方々ほど冷ややかな目線で見ている気がする。
まあ迫害の強度はピンキリだし当時死ぬ勇気がなかっただけだとしても、大げさに言うと生き延びてしまった連中だからね。
もし死んだ後でも苦悩やら苦痛やらを要求する世界が待ってるとしたら…なんとこっち側よりもマシマシで。
ついそんなことを思うのは絶対、「回路」やハルキの悪評高き「アフターダーク」などの影響だ。
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                    この絶倫感はどうだ…


元ゆるゆるいじめらっれっ子として、ずっと私怨のあった連中の一人が都内の激戦区で水商売を立ち上げてることをネットストーキングで知る。
きっと僕より少ない睡眠時間で、啓発本や名言集の類をフトコロに、吸血鬼のような生活を送ってるんだろうな…
と思ったら素直に頑張ろうモードになったりするから不思議。
年とってからは、小中の頃出会ってたら絶対オレのこといじめてただろうな…というような人ともお知り合いになる。
まあ「生きててよかった〜」とか噛み締める日は、ツチノコよりレアなのだが。

近所のツタヤに「KOTOKO」が入ってたので借りてきた、見た。
COCCO主演の塚本作品がレンタル入荷1本って…
デビュー時のご尊顔と比べると、確かに老けたのが分かる裸足の女神の歌・踊り・溢れる涙に鼻水を眺めていたら、鬱ってCOCCOばっか聴いてた十何年前から今日までは糸みたく繋がっていたのだと気づかされハッとした。
この現世が誰かさんのみてる悪い夢だとしても、確かにオレ生きている…
同時に、目薬いらずのCoccoさんを見て、10秒で泣けたら100万円くれる番組を思い出した。
ドリアン海王や北斗の拳のジャッカルなら100万円も雑作ない。

KOTOKOは2つの世界が同時に見える女性の話だ。
上のドローイングは、飲み屋でナンパ男を制裁するシーン。
「あっちゃん」と聞いて2人のあっちゃんが同時に浮かぶ人は、もう若くないかもしれない。


暗黒ハイスクール時代の話…
COCCOの曲やインタビューに触れる折、この人の見てる景色は凡人には一生手に入らないと理解し、真面目に自分に絶望し、逆にあっちゃんを半ば神格化してズブズブのめり込んでいったのだった。
国内外の依存注意音楽を貪るように聴いてたが、COCCOの引力はちょっと別格。
当時インターネットという概念すら自分になかったし、お土地柄雑誌のバックナンバーがほぼ全く手に入らない状態だったので、雑誌の「譲ります、譲ってください」コーナー経由でCOCCO記事の載ってるロキノンやスイッチを県外から頂戴しまくってた。
「COCCO 本名」「COCCO 結婚 子供」「五十嵐隆 今」そんな文字の並びを見かけることの無い時代の話。
そうやって本人の謎の来歴を妄想込みで一方的に補完していたのだった。
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ロキノン編集部様にハガキ出して、これをいただいたこともある。
あと松崎ナオさんの名前入りおちょこも。どっかいっちゃったけど…
  
で、ずっとCOCCOばっか聴いてる内に許容量を超えたのか、本格的な鬱初期症状になったっぽい。
とにかく何をしても、映画も本も音楽でも感情の指針みたいなのがピクリとも動かなくなって不安感だけが渦巻いてるような状態、性欲とかもほぼゼロに。
その状態で留年スレスレまで学校休んで、COCCOばっか聴くという悪循環。
あとは犯罪者になる勇気もないし、鳥取県をチャリでうろうろしてた。
なんか思い出したら両親に申し訳ない気分…

で、状態は1ヶ月くらいで自然治癒した(はず)。
当時読んでた音楽誌で、おそらくは同じ状態のことを言っているのだろうCDレビューがあった。
スタッフがよく失踪したり故障したりストーカーになったりと、アグレッシブな雑誌だった。
作品の論評と自分のパーソナリティーが地続きすぎる。
「自分の中から感情が消えるという体験〜二度と御免だ云々」
との評を読んで、そうそうそれそれと嬉しくなった記憶。
5年前に吉祥寺のブコフで、その記事を書いていた女史を偶然見かけた。
かつて自分が手がけた「スヌーザー」という雑誌を読まれていた。
スミだらけで眼鏡の女性は目立つ。
あの時話しかければよかったなと、年に3回くらい思い出す。
ちなみに東京来てから聴いた中では、バナ学のステージに上げられた時に流れてた「Raining」が1番きれいなCOCCO体験だった。
その後のヲタ芸レクチャーが難し過ぎた。

CDも買わなくなったし、もうそんな聴かなくなった。
けどもし、もし仮に訃報が入ったりした時、自分の一部が死んだような気持ちになって一晩泣き明かしたりするのかしらと想像したりもする。
会ったこともないのに。

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